8 才能


以前から目をかけていた人間の躍進は嬉しいもので、呂蒙は、だんだんと陸遜が呉軍でなくてはならない存在になっ
ていくのを喜ばしく思っていた。
しかし、それに比例するように、陸遜が自分に向ける態度にだんだんとよそよそしさを感じるようになっていた。

それは気のせいではなかった。
先日、勝ち戦を指揮していた陸遜に、その軍配を誉めようと彼を訪ねた。
「やあ、素晴らしい戦略だった。誉めるところしか出てこんよ」
「あ、はあ…どうも」
「どうした、気分でも悪いのか?」
「…あ、いえ。ちょっと出掛けるところがありますので、この辺でよろしいですか」
「……そうか。ではこの辺りで…………」
非常にそっけなかった。
いや、この時に始まったことではなかった。
だんだんと少しづつ、陸遜は呂蒙に一線を引くようになっていた。
他の人間の前でもそうだというわけではなかったので、誰かに相談するわけにもいかなかったし、確証があったわけ
ではないので、本人に問いただすこともできず、呂蒙は悶々とした日々を送っていた。
何故陸遜は自分に冷たいのか。
いろいろ考えを巡らせて、出てきたことが一つ。
しかしまさか。
「あ………」

以前陸遜の今後を話そうと彼を自分の家に呼んだ事があった。
話しは盛り上がり、いつの間にか酒盛りに。二人はかなり飲んでいた。
そしてあの時陸遜は…そうだ。
自分が厠から帰ってきたら急に帰り支度を始め「失礼します」と足早に帰っていったのだった。
あの時の陸遜の顔が鮮明に脳裏に浮かぶ。
今までの自分に向けられていた尊敬の眼差しとは真逆の軽蔑の眼差し。
肩を落とし小さくため息もついていた。

「あ…あれを見たのか…」
そう思いながら呂蒙は陸遜に会うべく、家に向かっていたのだった。

「呂蒙殿、いかがされましたか」
「少し話したいことがあってな。上がってもいいか?」
「…ええ、どうぞ。」
二人は椅子に腰掛けテーブルを挟み、向かい合っていた。
「話しは何ですか?」
切り出したのは陸遜からだった。
やはり呂蒙を見る瞳は冷たく、その瞳をすぐにそらせたくなるほどにきつくこちらを睨んでいた。

呂蒙は胸が痛んだ。
あんなに自分を尊敬して止まなかった彼にこんな瞳をさせてしまうなんて、それほどまでに愚かな事をしてしまったの
か。

「机の中を見たのか」
「ええ」

自分の机の中身はそれほどまでに軽蔑されるものなのか。

「俺も男だ。」
「存じ上げています」
「エロ本の一冊や二冊でそこまで軽蔑される事もないと思うが」
「十冊はありましたが」
「………この際冊数などどうでもよい!」
少し声を荒げた呂蒙にますます陸遜の眉間の皺が深くなる。
陸遜は呂蒙の部屋の机の引き出しの中に、多々のエロ本コレクションを見たのだった。
それらは使いこんであり、ページの端はよれているものや、切れているものもあった。
しかし呂蒙も成人男子。
戦、戦と身を擦り減らす合間に、女性の裸体を眺めたいと思うことがあってもええじゃないか。
「…ええ、冊数などどうでもいいです。」
陸遜の口から出たのは意外な台詞だった。
「何?!では俺がエロ本コレクターで、机の引き出し以外にも実は床下に百冊以上の様々なエロい本を隠しているの
も、どうでもいいというのか?」
「……そうなんですか」
「……あ、うん、まぁね」
墓穴を掘ったと思ったが、それはどうでもいいことだった。
エロ本を隠していたことが問題ではない?では何が問題なのかと。

「ジャンルです」
「?」
「本のジャンルです。呂蒙殿、女子高生好きなんですね」
「え…ああ、まぁ好きかと言われればまぁ好きだが…」
「好きかと言われればまあ好きどころの話しじゃないですよね、あの品揃えは。大好きですよね」
「あ、はい。好きです。大好きです。」
きつく問い詰められ、呂蒙は少したじろいだが、女子高生好きで何が悪いと開き直ろうと心に決め、
「女子高生が好きで何が悪い!…ですか」
結局弱気に言い返した。
「だから他の人にオッサンとか言われるんですよ。その見た目で女子高生好きって、完全に援助交際目的になっちゃ
うじゃないですか…」
「……」
「呂蒙殿にはかっこよくあって欲しいんです」
「…陸遜………すまなかった…俺はなんとも………」
女子高生好きの自分が酷く情けなく思えた。
呂蒙はルーズソックスよりハイソックスが好きだった。
そんなことはどうでもいいのだが。
「これを機会に生まれ変わって下さい…お願いします。せめて歳相応に熟女とか…」
自分はまだ29歳だがと思ったが、まあいいだろう。
これからの呉を担っていくこの男のいうことを聞こう。
そして今までのように彼に尊敬される人間になりたい。
そう思った。

「…わかった。あれらの本は処分しよう」
「呂蒙殿…私は嬉しく思います…。善は急げです!今から私も呂蒙殿の家に行って処分を手伝いましょう!」
「そうか、陸遜ありがとう!」
お互いがどちらからともなく手を出し合い、硬く握手をした。
そして二人は軽い足取りで呂蒙の家に向かったのだった。

 翌日。エロ本をきれいに処分した呂蒙は心晴れやかに出勤の途中だった。
すると向こうから重そうな荷袋を抱えた甘寧が歩いてくるので、声をかけた。
「やあ、重そうだな。手伝ってやろうか?」
全てを清算した彼は普段より優しい気持ちを持てる自分に少し驚いていた。
エロ本を全て処分したのは痛かったが、また買えばいい。
今度は女子高生物ではなく、もっと…そうだ。
俺は陸遜のおかげで生まれ変わったのだ。
「いやあ、いいよ、一人で持って行けるから」
そう言う甘寧に
「任せておけ」
と荷を持とうとするが、甘寧は頑として荷を離さない。
二人は荷を両方から引っ張り合う形になり、とうとう荷袋が音をたてて破れたのだった。
「あ……」
「……恥ずかしいもの見られちまったな!へへ…そうだ、オッサンにも一冊やろうか?」
破れた袋からは確かに昨日処分したはずの呂蒙のエロ本の数々が顔を覗かせていたのだ。
「これは………どうして?」
「おう!向こうで陸遜が売ってたんでな!ついつい手が伸びちまってよ。凌統も、周泰も買ってたぜ?オッサンも行っ
てみたらどうだ?」
「陸遜が…」
「おう!じゃあな!」
甘寧はそそくさとその場を立ち去った。恥ずかしそうに。

昨日
「処分は私がしておきますので任せてください」
と申しでたのはこういうわけか…
「ずる賢い男だ」
と思いながらも、それぐらいでないとこの乱世を生き抜くことはできないかもな。
と呂蒙はポジティブに考え陸遜の元に急いだ。
やっぱり一番気に入っていたあの一冊だけは返してもらおうかな、と。
「しかし…あの周泰も買っていたとは驚きだ…ははは」


終わり


諦めが悪い