11生きる糧


食べものの中で1番好きな物は何かと問い掛けられたら、迷わず苺と答えるだろう。
では死ぬ前に食べたい物を一つだけ挙げよと言われたら。それも迷わず苺だった。

徐晃はそれほどに苺が好きだったが、それは隠していた。

苺には甘いとか小さいとかかわいいとかそういうイメージがあると思っていたので、堅物の自分のイメージとは真逆の
物だと思っていたし、自分がこの太い指で苺をつまみ、食べている姿など、自身でも想像しがたい。周りに知られたら
冷やかされるだけだ。
そう考えていたので、周囲には知られないように苺を愛でていこうと思っていた。

毎年苺の収穫時期になると、苺狩りに出掛けた。
鷹狩などなら自分にぴったりだろうが、苺狩りなど誰を誘えるだろう。
だから毎年一人で出掛けていた。
毎年同じ場所に出掛けるので畑の管理人とはちょっとした顔見知りになっていた。
彼は今年も元気にやっているだろうか。病気などになっていなければいいが。

管理人は徐晃の心中を察してか、
「大丈夫ですよ、このことは黙っておきますから。」
と、いつも徐晃に話しかけてくれた。ありがたかった。
今年は彼に土産でも持って行ってやろう。
その日徐晃は菓子折りを持って毎年恒例の苺狩りに出掛けたのだった。

快晴の空の下を徐晃は苺畑を目指して歩いていた。
道中とくに変わったこともなく無事に畑に到着した徐晃は早速受付にいるであろう管理人を訪ねた。
しかしカウンターのある受付には誰の姿も見えず、静まり返っているだけだった。
「すみません!誰かおりませぬか!?」
「はーい!ちょっと待ってね」
奥にあるビニールハウスの方から声が聞こえたのでそのまましばらく待っていたが、よく考えると、毎年聞き慣れた
声とは少し違っていたような気がした。
管理人の彼はもっと甲高い声だったような、そうでないような。
嫌な予感がする。
しかし目の前に広がる宝の山をみすみす諦めるわけにもいかない。
徐晃はほんのしばらくの間待った。しかしその時間はとても長く感じられた。

「はい、お待たせ〜………じ、徐晃殿……?」

嫌な予感は実際嫌な方に転がった。

「曹仁殿………?」

そこに現れたのは魏国の将曹仁だった。

普段は軽口を叩いたりせず、曹操の親類であろうと立場をわきまえる彼が
「ちょっと待ってね。はい、お待たせ〜」
ときたもんだ。
意外にサービス業に向いているのかもしれない。

徐晃は驚いて一歩後ろに身を引いた。
「徐晃殿…何故このようなところに」
「曹仁殿こそ…何をしておられるのだ」
「そ、某は………」

仕方がない、という顔で
「此処で働いているのです」
曹仁はそう言った。確かに。
名前の通り仁の人が副業?確かに認められていない訳ではない。何か事情があるのだろうか。

「ここの管理人の奥方に子が生まれたそうで、今日は奥方と実家に帰っているのです。変わりに今日一日だけ某が
…」
「何故曹仁殿が?……まさか」
「こうなったら仕方がない。実は某は苺が大好きでして。昨日ここに来ていたのです。そういう事情ならと替わりに…」
「曹仁殿……」
「皆には黙っていてくれないか!某のような堅物が苺が好きなどと、皆に口が裂けても言えぬのだ!」
此処に自分と同類がいた、と思った。
曹仁の気持ちは痛い程わかった。自分も同じなのだ。
「もちろん、言う訳がありません。」
「……ありがとう。恩に切ります。………しかし徐晃殿は何故」
徐晃は自分が苺好きな事、その事を曹仁と同じように隠していること。自分がどれほど苺好きか。夢に出る程。一度
戦の時、あまりの苺禁断症状に、知恵熱を出したことなどを切々と語り出した。
曹仁は目を輝かせそれを聞き、そして曹仁も同じように自分の苺好きを語りだす。
同じ物を好きな者同士の連帯感がそこに生まれたのだった。
二人はどちらからともなく手を出し、固い握手を交わした。

その時、入口から声がした。


「ごめんください!苺刈りをお願いしたい!」

地を這うような低い声。
ドスドスという足音。

そこに姿を現したのはやはり魏の将、ホウ徳。

彼もやはり堅物として知られた将だった。

「曹仁殿に徐晃殿…何故…」
「ホウ徳殿………何故」
「実は………」

ホウ徳も同じ志を持つ人間だったのだ。
それから堅物三人衆は夜が明けるまで語り明かした。
ただ一つおかしかったのは語る内容が苺ちゃんのことだったことだけだろう。


「苺ちゃん、萌えですな」
「赤くて、甘くて、ちっちゃいの☆ですな」
「拙者、スキムミルク付けない派ですが、各々方はいかがですかな?」
「某もです」
「某も、素材の本来の味を大事にする派ですな」
「さすがですな」
「いやいやわははははは!!!」
「ふふふふはは!!」


終わり


あまおうはうまい