6 芸術


大きな戦が終わり、その日は魏将が勢揃いして宴会を開いていた。
宴会場があって曹操の計らいでたまにそこで酒を飲む機会があった。
その日は皆、普段よりも酒がすすんでいたように見えた。
何故ならば先の戦で大勝したからだった。

戦場で常に周囲に気を配りながら食事を取っていた将も、残りの兵糧を気にしながら食事を取っていた将も、今は何
も考えず、ただただ目の前の酒と食事に手を伸ばしていた。

「皆、よくやってくれた。皆のおかげでこの戦に勝つことができたのだ。儂は大変嬉しく思う!」

興奮気味に話す曹操の顔は既に赤らんでいた。
曹操だけではない。
皆かなり出来上がっている様子で、床に寝転がるもの、着物を脱ぎ始めるもの、腹踊りをするもの、様々なものがい
たが、それを笑うものはあっても咎めるものはいない。

上座に座る曹操の近くには側近の夏侯惇の姿があった。
慎ましやかに、しかし凛々しく。
皆の姿をまるで親のように優しい目で見ていた。
その傍らには従兄弟の夏侯淵の姿がある。
二人はたまに顔を見合わせながら、まるで昔話でもするように言葉を交わしはじめた。

「なあ、淵。今日は酒がすすむな。」
「ああ、俺は此処にいれて嬉しく思うよ」

二人は笑い合いながら運ばれてくる酒をどんどん胃の中に収めていく。

「飲んだな!惇兄!」
「うむ。今日は少し飲み過ぎたようだ。なんだか話さなくていいことまで話したくなってくる。そんな気分だ。」
「なんだぁ?その意味深な言い回しは!」

フフフと笑いはじめた夏侯惇だったが、その笑い声がだんだんと大きなものに変わっていく。

「ふふふふふぁあわはははは!」
「おいおい、惇兄、どうしたんだ?ちょっと飲み過ぎたんじゃねえのか?」
「そうだ。俺はちょっと飲み過ぎた。そしてこのことを誰かに話したくて仕方がない。淵…お前にならいいのかもしれん
な」
 
夏侯惇は急に遠くを見詰め、ため息をついた。
隣にいた夏侯淵は、どうしたんだよ惇兄。
そんな顔で夏侯惇を見詰めていた。
そう。こんな時だったから。
夏侯惇はゆっくりと話しはじめた。

「先の戦で俺は左目を失った。それは知っているな」
「ああ、もちろんだ」

喉元まで出かかった、見ればわかるという言葉を夏侯淵はのみこんだ。

「淵よ、俺はこの左目を失ってから見えなくていいものが見えるようになってしまったんだ」

突然の告白に夏侯淵は面食らった。
昔からよく知っているこの男が嘘をついている時の顔じゃない。そう思ったからだ。

「俺が片目を失ってから見えるようになったもの。それはな…着物の中身だ。つまり、裸が見えるのだ。」
「え、えぇ!?」
とても酔っているようには見えなかった。
いや実際は酔っているのだろうが、嘘をついているとは思えない。

「俺は、失ったはずの左目で着物の中身が見える。本当だ。」

 夏侯惇は眼帯を下にずらし、周囲を見回す。

「うむ。見える。見えるぞ」

その様子を見て、夏侯淵の鼓動は少し早くなった。
信じられない。しかし。惇兄が嘘を言うとは思えない。だから、一番聞きたいことを聞いてみた。

「シン姫もか?シン姫も見えるのか?」
夏侯惇はニヤリと笑い、「当然だ」そう言って、ちょうど向かいに座るシン姫に目をやった。

「ブホォッ!いい!いいな!いやー、いいっす。マジいいっすよ!」
夏侯淵は先程よりもますます鼓動を早くさせた。
「ど、どういいんだよ、惇兄!なんかズルイッす!ズルイッすよ!」

何故か敬語で叫び合う二人。

その時、急に夫曹丕がシン姫に尻を向け、その前に立ち塞がった。
酔った曹丕がシン姫に尻文字を披露したかったらしい。
尻はシン姫を。股間は夏侯惇達の方を向け、その腰で「アイラブユー」と書きはじめた。

「あいつを止めろ!」

夏侯惇はぶるぶると震え、ぶるぶると揺れる曹丕のあれを止めに行こうと立ち上がりそうになるのを夏侯淵に「ヤバイ
だろ!」と制された。
「そうだな」
ばれたらヤバイと夏侯惇はまた腰を据える。


「まあ、このことは忘れよう…しかし、他に見たい奴もおらんな」

そういいつつも眼帯をずらし辺りを見回す。そして、ボソッと呟いた。


「俺が一番でかい」
「え?」
「いや、これだけ見回してみてもどうやら俺の息子はこの中で一番でかそうだ」
「え〜?」
「え〜?じゃない。今見た中じゃ俺様の息子さんにかなう物を持ち合わせている奴はいないようだ。孟徳なんか、ここ
からはよく見えんくらい小さいな。威張っていてもあんなんじゃ威厳が保てんのではないかな?はははっ」
「…そうなんだ」
「そうなんです」

 夏侯淵は思っていた。夏侯惇は本当は着物の中身なんて見えないんじゃないだろうか。
これはすべて作り話で、ただただ自分の息子の立派さを誇りたかっただけじゃないのか、と。

「惇兄」
「なんだ、淵」
「俺はそんな惇兄も尊敬してるぜ」
「………そうか。ありがとう」
「どういたしまして」


魏将達の楽しい宴はまだまだ続くのだった。


終わり


以前やってたサイトに載せてたものを手直しした物です。スマソ。