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10 人生
一度きりしかない人生なのだから、楽しく生きたい。
何かを我慢したり、言いたいことをいえないなんてつまらない。
曹操はいつもそう考えて生きてきた。
幼い頃からそうだった。
魏の丞相という立場に立ってももちろんその考えは変わらなかった。
丞相という立場がますます彼をそうさせたのかもしれない。
最近彼が一番楽しみにしているのは部下達に悪戯を仕掛けることだった。
典韋が寝ているうちにこっそりと後頭部に顔を描き、「どっちが本当の顔ですか〜?」と、馬鹿にしてみたり、徐晃の
頭巾をサイケデリックに染めなおしてみたり、シン姫のスカートのスリットにもっと深く切れ目を入れ、「いつもより多く 裂いてみました」と、うまいこと言ってみたり。
さすがにこの時は息子に「セクハラ親父!」と小突かれたりもしたが、まあそれも一興。
当然曹操の立場を考え、本気で怒る人間はいなかった。
やりたい放題やっていた。
以前は夏侯惇にはお説教をくらったりもしていたが、彼も最近は諦めたようだ。
ちなみに夏侯惇には見える方の目に眼帯を糊で貼付けておいたことがある。
「どうした、夏侯惇、それじゃ何も見えんだろう」と言ってやった。
剥がすのに一苦労だった様子だが、その時も二、三日無視されたくらいで済んだ。
「儂に逆らえる者などいない」
曹操はかなり調子に乗って毎日のように悪戯を繰り返していたのだった。
そんなふうに曹操が調子に乗りまくっていたある日、彼は曹丕に広間に呼び出された。
話をしたいと言った息子の顔は少しくぐもっていたようにもみえたが、気にも止めず広間に向かった。
広間の扉を大きく音をたて開いた曹操は中にいる面々を見て少し驚いた表情になった。
そこには魏国の顔アリ武将達が勢揃いしていたのだ。
曹丕「父よ、突然呼び出してすまなかったな。」
「いや、それはいいが…どうしたんだみなさんお揃いで。」
曹丕「うむ。実は父を呼び出したのは他でもない…」
曹丕は言い辛そうに口ごもる。
周囲では他の人間が曹丕の一言一句を聞き逃さないようにと、固唾を飲んで見守っている。
シン姫「我が君、頑張って!」
曹丕「シンよ…ありがとう。僕ちんがんばる!」
曹丕は一度「あ、みんなの前でやっちゃった」みたいな顔をしたが、咳ばらいを一つし、再び曹操に向かって口を開い
た。
曹丕「我ら全員でこの軍を抜けさせてもらう」
「はぁ?」
夏侯惇「孟徳、お前の悪戯にはもううんざりだ」
シン姫「わたくしも。いくら義父といえど、もう我慢なりませんわ」
典韋「旦那、悪いけどもうついていけないわぃ」
曹丕が口火を切った途端にそこかしこから曹操に対する不満が聞こえだした。
曹操がここにいる全員に何かしら悪戯を仕掛けていたのは言うまでもない。
皆が一人づつ曹操の悪行について話し出した。
夏侯淵「俺は腹毛に火つけられたぞ」
張コウ「わたくしはこの美しい顔にヒゲを描かれました…う、美しくない!」
許楮「おいどんはご飯を全部蝋細工に変えられただよ〜なかなか手が込んでただ〜」(許楮の一人称なんだっけ)
司馬懿「私は首を180度後ろに回された。あれは通説なのに…おかげさまでむちうちがなおらん」
曹仁「某は寝ている時、布団に水を垂らされ、水攻めだ!と起こされました。」
ホウ徳「某も曹仁殿と同じ扱いを受け、後に、オネショ野郎というあだ名をつけられました」
などなど。今までの鬱憤をはらすかのように皆語り始めたのだった。
彼らは本気なのだろうか。
曹操は血の気が引いて行くのを感じていた。
しかし、端の方で何も言わずただ立っている人間が二人いることに気付く。
徐晃と張僚だった。
徐晃は以前曹操に染められたサイケデリックな頭巾をかぶっていたが、張僚は特に普段と変わらず、皆の様子を見
つめていた。
「張僚、お前は…お前には何かしたか?」
張僚「いえ。私は特に何かされたとかいうこともないのですが、皆が出るというなら尊敬する関羽殿のいる蜀に行きま
す。」
「えー!」
徐晃「拙者も蜀に行こうと思っております」
神妙な顔をしているが、頭巾がカラフルなだけに笑いを誘う。
他の人間も
「俺はかわいこちゃんのいる呉にいくぜ!」とか「私は野に下り、在野武将となって士官先を見定めます」とかいいた
い放題だ。
「お前たち!待ってくれ!儂がやりすぎた!許してくれ!」
さすがの曹操も焦って引き止めようとするが、皆、耳を傾けようともせずに広間を次々と出ていった。
いくら曹操が有能であろうとも、国を動かすのは人なのだ。
彼一人で何ができるというのか。
曹操は膝を付き、ガクリと肩を落とした。
その時後ろから肩を叩かれ、そこで目が覚めた。
「ゆ、夢か…」
それからの曹操は悪戯を控え、善政を心掛ける。
いつの日かその夢のことは忘れていたが、あの夢のおかげで国は栄えたと言っても過言ではないだろう。
国は人が創るのだ。
終わり
まさかの夢オチ、すいまメーン
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