5 さくら


上杉謙信はここのところ非常に苛々していた。
 
この時期、城の周りにはたくさんの桜が咲く。
彼はその桜を眺めながら酒を呑むのを日課にしていたし、それをとても楽しみにしていた。
しかしここのところ仕事が忙しく、その行為ができていないから。それが理由だった。
苛々は配下にももちろん伝わっていたし、その理由もわかっていたのだが、仕事を片付けてもらわない訳にいかず、
場の雰囲気は悪くなる一方だった。

側近の直江兼続はそのピリピリムードを打破したいと、友人の真田幸村、石田三成に我が城で花見でもやらないか
と声をかけた。
明日には謙信の仕事も一段落するので、あさってに誘えるだけ人数を集め、盛大に呑もう。
酒を与えれば謙信の機嫌も良くなるだろう。そう考えていた。

翌日、謙信の苛々はピークに達していた。
アルコールが切れて手が震え出していたし、ふらっと台所に行ってはどうやらみりんをちびちびとやっているようだっ
た。
「謙信公、明日には念願の花見ができます。みりんなど飲まなくても、明日は大吟醸に、生酒、にごりまで豊富に取
り揃えているのですぞ」
「わかっておる!」
大きな声を上げられた兼続だったが、仕方がないとみりんをとっくりに入れて謙信の側にそっと置いてやった。
多少のアルコールなら仕事もはかどるかもしれないと思ったから。
謙信はそんな兼続を見て
「すまぬ」
と呟き、とっくりに手を伸ばすのだった。

そして翌日。
晴れ渡った空の下、桜は満開で、この日以外は考えられないのではないかというほどの天気に恵まれ、花見は決行
されることになった。
謙信の仕事も一段落し、城内は浮足立っていた。
「わしははだか踊りを披露しよう!」
「ならば私は腹踊りだ!」
そんな声がどこからともなく聞こえてくるのだった。
兼続はそんな声を聞きながら、無事にこの日が迎えられたことを喜ばしく思い歩いていた。

「やあ兼続!来たぞ」
先ずは三成が島左近を引き連れ現れた。
「三成!左近殿も…遠いところご苦労様!」
「いえいえ、どういたしまして」
それから幸村も続いて現れた。
「兼続殿!お久しぶりでございます!」
もちろん武田信玄も共に来ていた。
「幸村!信玄公も。わざわざすまなかったな。」
信玄が来ているとなれば謙信も喜ばしく思うだろう。
兼続は皆を会場に案内し、恙無く花見は始まったのだった。

桜の木の下に敷かれた蓙に腰を降ろしみな好きなように酒を飲んでいた。
自分は謙信の隣で酌をしていたが、
「気を使わんでよい。兼続も好きなように呑め。」
と手酌で呑み始めた謙信に、兼続はホッと胸を撫で下ろす。
昨日までの不機嫌さが嘘のように信玄と笑い合っている謙信を見て兼続は
「今日は無礼講だ」
心の中でそう呟いた。




翌日兼続は布団の中で目を覚ました。
何故自分が布団の中にいるのか、検討もつかなかった。
謙信の隣で酌を止めてから……記憶が全くと言っていいほどなかった。
「今日は無礼講」そう思ったことだけ能内に微かに残っているだけだった。
掛け布団を剥ぎ取り体を起こしたところで襖が静かに開き、見慣れた顔、三成と幸村が入って来た。
「兼続、体調の方はどうだ?」
「大丈夫ですか?兼続殿」
三成は少し笑いながら、幸村は心配そうに声をかけてきた。
二人は布団の脇に腰を据える。
「頭がガンガンするのだが……」
「そりゃそうだろう。あれだけ呑めば。」
「私は…何かしたのだろうか」
「ふむ、覚えていないのか?」
「さっぱり。何も覚えていないのだ…教えてくれぬか?私は客人に対して何か失礼なことをしただろうか」
「うーん。俺は楽しかったけど。普段見れない兼続が見れてうれしかったな。」
「私も楽しかったですよ。昨晩も泊まらせていただいて逆に有り難かったくらいです。ただ謙信殿はどうでしょうか」
「そうだな。冗談が通じるとは思えんしな」
そういいながら幸村と三成はどちらからともなく昨日のことを話し始めた。


兼続が「今日は無礼講だ」と思った瞬間から、彼の中で何かが弾けた。
酒を呑むペースはどんどんと早くなり、同じ蓙に座っていた謙信、信玄、三成、左近、幸村が目を見張る程だった。
「兼続がそんなに呑めるとは、いや、しらなんだ」
誰かがそう漏らした。
すると「そうです」と兼続。
「そうです、私が変なおじさんです。変なおじさん、たかっだ変なおじさん」
彼は立ち上がり、かの有名な変なおじさんダンス(?)を踊り出した。
もちろん、締めに「だっふんだ」は忘れない。
兼続がシムケンフリークだとは誰が知っていただろう。
否、誰も知るよしはなかった。
皆楽しそうに踊る兼続を眺める。
「おい、皆どうした?今日は無礼講だろう?!さあ元気を出せ!私に義を見せてくれ!!」
と言いながら皆を奮い立たせようとする兼続。
そして今度は子供の頃の貴乃花の真似や、草を喰うヤギの真似をしだした。
「それはヒムケンだろう。ケン違いだぞ兼続」
そう言われ今度はサングラスをかけ、獅子舞を片手に持った
「それはタムケンだ。しつこいぞ兼続」
「素晴らしい突っ込みだ!さすがは三成」皆笑っていた。
兼続は皆に笑われるのが心地よかった。
ずっと兼続の独壇場だった。
皆酒を煽りながら兼続がこんなにひょうきんな奴だったとはと口々に言っていた。

それからどれほど酒を空けたか。
地には一升瓶が何本も転がっていた。
皆かなり呑んでいたが、中でもやはり兼続が一番呑んでいた。
酒は一升瓶から直に口に運んで「けーんーしーんーこー」と謙信に絡んでいた。

しかし次第に顔色に変化が見えだす真っ赤に染まっていた頬はだんだんと青味をおびて、下を向き口に手を当てた。
周りは何か感づいたのだろう。
その場から一歩下がったが、絡まれていた謙信だけは逃げることができず、胡座をかいた足の上に兼続のそれを受
け止めた。
「うぉえーうお゛ーあ゛ー」
次第に兼続は口に手を当てることもせず、それを撒き散らす。
奇妙な動きと共に。
しし舞のような動きを繰り返しながら、マーライオンのごとく吐き続ける兼続。
そしてその場にバタリと倒れ込みピクリとも動かなくなった。




「と、いうわけだ。思い出したか?」
思い出すことはできなかった。
そしてなんという失態を…兼続の顔は前日のように真っ青に変わっていた。
「すまなかった………私はなんということを…」
「私たちはいいんですよ。それよりも謙信殿にご挨拶に行かれた方がよろしいかと」
「いや。無理だ。私はこのまま身を隠すことにする」
兼続は焦っていた。
此処でじっとしていたら謙信に殺されると思っていた。
すると勢いよく襖が開く。
「そうはさせぬぞ兼続!首を出せ!」
「ぃ…いやーーー!」

謙信が一番楽しみにしていたせっかくの花見をぶち壊しにした兼続のその後の消息はだれも知らない。


終わり


こんなのばっかりでスイマメーン…
シムケンフリークは私です。