4 好き
「孫、質問があるのじゃが」
その日のガラシャは普段よりも幾分しおらしく見えた。
両方の人差し指を胸の前で合わせ、それでくるくると円を描いていた。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん。いつもとちょっと違うじゃないか」
女性ならば少しの変化も見逃さない孫市はほんの少し頬を赤く染めている彼女に優しく問い掛ける。
まるで自分の娘でも見るように。
よくわからないうちに共に旅を続けていた二人だったが変にうまが合っていた。
ガラシャの寝顔を見ているとガブリと行ってやろうかと思ったことも無きにしもあらず、だったが、それを止めていたの
は理性とガラシャが口にするダチという言葉だった。
現実に彼女は子供だったし、孫市はやはりダチという響きに弱かった。
「実はな?最近胸のこの辺りが痛いのじゃ」
ガラシャは左右の胸のちょうど真ん中辺りを指差して言った。
「ん?なんだい、病気かい?」
「わからんのじゃ。孫の顔を見るとズキズキと痛むのじゃ」
「………え?」
「今もズキズキ痛むのじゃ」
「………」
柄にもなく孫市は少し緊張していた。
これは遠回しな恋の告白か。
いや、違う。ガラシャにそんな駆け引きがわかるはずもないし、できるはずもない。
彼女はまだ子供なのだから。
孫市はそう自分に言い聞かせる。
しかし、ガラシャが自分に淡いながらも恋心を抱いているのは歴然だった。
その胸の痛みは恋だよ。恋ってなんじゃ?恋というのはその人のことを好きということだ。好きってなんじゃ?好きと
いうのはその相手とあんなことやこんなことをしたいと思うことさ。あんなことやこんなことってなんじゃ。それはね?… ……ふふふ
「うるせえ!」
頭の中をぐるぐると回る妄想に自分で突っ込みを入れた。
「すまぬ、孫。わらわそんなにうるさかったか?」
「…いや、違うぜお嬢ちゃん。うるさいのは俺だ…」
声を上げた自分を恥じてから、孫市は地に膝をつき、ガラシャの両方の肩に手を乗せた。
「急に声を上げて悪かったね。その胸の痛みはきっと…」
「孫、鼻血じゃ。鼻血が出ておる」
想像が妄想を呼び、孫市の鼻からは一筋の鼻血が流れ落ちてきていた。
「チョコレートの食べ過ぎじゃ!それともピーナッツの食べすぎか?」
「いや、そうじゃねぇ……」
「何でもほどほどにしておかんといかんぞ?」
「ああ、そうだな。ほどほどにしておくさ。」
妄想をな。
とは言わないでおいた。
ガラシャのその気持ちはどれ程のものなのか、孫市にはわからなかったが、これで鼻血を垂らした自分はもしかした
ら軽くロリに足を突っ込んでしまっているのではないかと感じていた。
ガラシャと共にいるために。
無邪気な彼女に実は心惹かれてしまっているのではないのだろうか。
どうしたらいいか、此処で彼女にきちんと説明しておくべきか、その胸の痛みの訳を。
しばらく考えていた孫市、答えを待つガラシャ。
そして口を開く孫市。
「その胸の痛みは恋だ。恋心っていうのさ。お嬢ちゃんはどうやら俺に恋をしているようだ」
「恋?ふーん…よくわからんが…」
「そうだろうな、恋っていうのは…」
「父上〜、恋だそうじゃ!」
父上
ガラシャは孫市の後ろを見て確かにそう言った。
孫市は恐る恐るゆっくりと後ろを振り返る。
「そうですか、わかりました」
そこにあった草むらから這い出てきたのは間違いなくガラシャの父、明智光秀その人だった。
「孫市…貴方の気持ちはよく解りました。今から私のことを義父上と呼びなさい」
「はあ?」
「貴方が娘の気持ちに答えてくれて嬉しく思います。さあ、義父上と!」
「こ、答えてねえ!」
「答えたも同然!胸の痛みを恋などと。他にいくらでも言いようはあったはず。貴方も娘と同じ気持ちだということだ。
それともなにも知らない娘を弄んだとでも?さあ、義父上と!」
「いやだ!いやだ!」
「責任を取ってもらいますよ!さあ義父上とぉぉぉ!」
余程義父上と呼んで欲しかった明智光秀は全速力で逃げる孫市を全速力で追い掛ける。
がんばれ、がんばれ孫市。
そしてさようなら。
「恋ってなんなのじゃ」
終わり
JAROってなんじゃろ
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