1 ほおづえついて


その日の上杉謙信はいつもと少し違っていた。
大分違うと言った方がよかったかもしれない。
何故なら、頭の上からすっぽりと大きな布団をかぶって座っていたからだ。
はたから見るとふざけているようにしかみえないが、家臣と話すことは至って真面目であって、布団をかぶっているこ
と以外はいつもと何も変わらなかった。
きっと誰もが不思議に思っていたことだろうが、それについて、誰も触れない。
家臣は謙信とのそういう会話を非常に面倒臭がっていた。
彼は軍神であればよい。そう思って、私生活には触れないようにしていたのかもしれない。
だから普段通りに接していた。
目の前でお館様が、頭からすっほり布団をかぶって次の戦の話しをしていても、だ。
 
直江兼続も同様に思っていたので、軍議の後、謙信から室に呼ばれた時も、特になんとも思っていなかった。
いつも通り、戦の念入りな打ち合わせだろうと考えていた。
しかし、謙信と対面すると、どうもやはり様子がおかしい。
布団をかぶっているのだから当たり前なのかもしれないが、それだけでないようにも思える。
「次の戦の話しでしょうか」
「否」
兼続の考えとは違う答えが返ってくる。
「酒を呑もうと言われるのですか」
「否」
やはり、答えはNOだった。
ではなんなのだ。
謙信とは戦と酒の話し以外したことのない兼続は少し困って、
「では、何の御用でしょう」
と問う。
「貴様、何かおかしいと思わんのか!?」
明らかに謙信は腹を立てていた。
今まで貴様などと呼ばれたこともなかったし、どうしたらいいか解らないのが現状だった。
「我は今布団をかぶっておる。否、先程からずっとかぶっておるのだ。」
「はぁ…見ればわかりますが…」
「他の人間にしても、貴様にしても何故そのことに一切触れようとせぬ!?」
「え…触れて欲しいところだったんですか?」
「当然だ」
「…では謙信公、何故布団をかぶっておられるのですかな」
「うむ、実は…」
実は謙信は皆にいじられたいのではないかと兼続は考えていた。
軍神だ、オンベイシラマンダヤソワカだなんだ言ってもやはり人の子。
かわいいところもあるじゃないかと思っていたその時、謙信は頭からかぶっていた布団をはいだ。

しかし、特に変わったところもない。
強いてあげれば、机もないのに、頬に手を当て、ほおづえをついているようになっていることだけだ。
「……で?」
「見てわからんか」
わからなかった。
顔色も平常通り、青白い。
口も真一文字にギュッと結ばれたままだ。
「わかりかねます」
「手が取れん」
「は?」
「頬から手が取れんのだ」
「………はぁ?」
「何度も言わせるな。手が頬から取れん」

二人はそのまましばらく見つめ合い、どちらからともなく言葉を発するのを待っているように見えた。
兼続は謙信の頬だか、それに付いて離れないという手だかを見て。
謙信は兼続のうろたえた顔を見て。
そして謙信から口を開いた。
「引っ張ってくれ」
「あ…は、はい」
「我の力でも取れんのだ。思い切り行ってくれ」
「承知いたしました…では」
兼続は謙信の手を思い切り引っ張った。
渾身の力をこめて。
その弾みでしりもちをついたぐらいだ。
しかし、手は取れなかった。
「どうだ、やはり取れんだろう」
何故謙信が勝ち誇ったような物言いなのかは理解できなかったが、確かに手はくっついたままだった。
わけがわからないと言う顔をして兼続は、腕を組んでその場にしゃがみ込み、考え出した。
「まあ、もう下がってよい。明日になれば取れるかもしれんしな」
「………はぁ………」
腑に落ちないような雰囲気で兼続は立ち上がろうとした。しかし
「あれ?」
「なんだ」
兼続はその場から立ち上がらない。モゴモゴして、ウゴウゴしている。
「なんだ、早く下がれ」
「いや、しかし」
「どうしたのだ、うざったい」
自分が困って兼続を呼び出したくせに、役に立たないとわかるとうざったいとはなんと自分勝手なお館さまだろう。


「組んだ腕がほどけませぬ」
「えー!」
「わー!」
「ぎゃー!」
「ひえー!」

 こうして上杉軍の楽しい一日は過ぎて行くのだった。


終わり


楽しそうで何よりです。