7 事情


彼は考え事をあまりしないようにしていた。頭が痛くなるからだ。
それでなくとも普段から頭痛持ちなのに、考えて益々頭が痛くなったら厄介だし。
しかし、最近はどうしても考え事をしなければいけなくなっていた。
真田幸村は大きな期待を背負っていたからだ。
だから最近は薬が手放せない。懐には頭痛薬が3錠。いつも小さな紙に包んで入れておいた。

戦で色々なことを背負うのは慣れていた。
人の為に戦うのも嫌いではなかったし、それに期待されるのも好きだった。
しかし、今回は色がちがった。

数日前。幸村は直江兼続、石田三成らと酒を飲んでいた。
最初は世間話。次第に兼続の苦労話。
「謙信公を尊敬しているが、冗談というものが全く通じない」
と。
最終的にはほとんど兼続の上杉謙信に対する愚痴になっていた。
「笑顔がない」「目が怖い」「酒の飲み過ぎで顔色が悪い」など。
こいつは本当に謙信を尊敬しているのかと考えさせるほどだった。
酒の力は恐ろしい。
そうこう話を聞いているうちに、次第に方向が変わってきた。
それは三成の一言からだった。
「謙信を笑わせてみたいな」
それから話はとんとんと進み、結論はこうなった。
上杉謙信を笑わせることができたら、他の二人はなんでもいうことを聞く。
その日から幸村の頭痛は始まったのだ。


まず仕掛けたのは、側近の兼続だった。
くすぐりは無しという規約があったのでそれに沿い、鬼小島と漫才のようなものを謙信の面前で披露した。
「いやぁ、暑いねえ、あつはなついねぇ」
と兼続がボケれば
「それを言うなら夏は暑いやろー」
と鬼小島がつっこむ。
すると
「今は冬だが?」
と謙信。
これではトリオだった。
これはこれで面白いかもしれないが、やっているほうはがっくりだった。

「もう嫌だ」
そう言い残して兼続は一番始めに脱落した。

 難攻不落の巨大な壁をどちらが最初に打ち破るか。

 次に挑戦したのは三成だった。
彼はまずラジカセを用意し、音楽を流し始めた。
『デレデレデンデデンデデデンデ』
ラジカセからは軽快な曲が流れだし、海パン一丁の三成は「ウェ〜イ」と言いながら、胸を揺らし、謙信の方に向かっ
ていった。
そして
「酒を飲み過ぎて?足元フラフラだよ? でも、そんなの関係ねぇ!」
「信玄のお面をとったらば、顔まで取れちゃった!でもそんなの関係ねぇ!」
体を張った三成のパクリ芸に、その場にいた人達は大爆笑。
しかし、残念ながら謙信はピクリとも笑わなかったのだ。

「もう人間やめたい」
そう言いながら、三成も脱落していった。


そして最後に残されたのが真田幸村だったのだ。
「すべてはお前に託された」
先に脱落した二人は涙を流しながら幸村に縋った。
「…やってはみるが、自信はないよ」
「幸村なら大丈夫!」
根拠のない台詞を胸に、幸村は毎日構想を練った。
しかし、戦の為に己を磨くことはしていても、人を笑わせることの為に己を磨いてきたわけではない。
幸村は懐に入れておいた頭痛薬を一つ、口に含む。
そして、布団を頭まですっぽりかぶり、深い眠りについた。


翌日、幸村を訪ねた者があった。
甲斐の虎、武田信玄その人だった。
「悩んでおるらしいな、幸村よ」
二人は向き合って腰を下ろした。
「謙信を笑わせたいか?」
「あ、いえ…それほどでは…」
「隠さずともよい。笑わせたいのじゃろう?謙信ののことをよく知るわしから、これを授けよう」
信玄はそれだけ言うと、あるものを置いて、部屋を出ていった。
「………」
包みを開け中を確認した幸村は怪訝な顔をし、首をかしげる。
しかし、やってみるしかないと思い、重い腰をあげた。


数日後、沢山のギャラリーの前で二人は向かい合って立っている。
ギャラリーの中ではもちろん惨敗した兼続、三成も固唾を飲んで見守っている。
場は凍りついたように静かで、表で鳴く鳥の声だけが響いている。
そして謙信から切り出した
「まぁ、座れ」
謙信から先に敷いてあった座布団の上に腰を下ろした。
「では、私も失礼して」
幸村も座布団に腰を下ろす。
と、その時
『ブゥ〜プッ〜プ』幸村の尻の下から、奇妙な音が静かな部屋中に響いた。
「あれ〜?もしかして、やっちゃったぁ?」
そういいながら、幸村は立ち上がり、もう一度座布団に腰を下ろす。
『ブッブブ〜プッブフォ』先程よりもより奇妙な音がまたしても静かな部屋に響く。
周りで固唾が溜め息に変わるのがわかった。
小さな咳ばらいをする者までいる。
そう、数日前信玄が持ってきたのは、ブーブークッションだったのだ。
「お館さま…どうやら失敗に…」
そう思った時
「ワッハッハッハッハッ!真田のこせがれ、屁をしよったな!?」
 謙信は胡座をかいた自分の大腿部を叩き、大笑いし始めた。
「こやつ、戦場では真面目な顔をしよるくせに、我の前で屁をしよったぞ!ワアッハッハッハ!!なんと愉快な!」
どう表現したらいいかわからないくらいの大笑いだった。
静まりかえっていた周りの者たちも高笑いをしだす
「これは愉快愉快!幸村殿、やりますなぁ!!屁をしくさるとは!」
「いやぁ愉快愉快!あー臭い臭い!!」
「ハァッハッハッハー」
その笑い声は夜がふけるまで続いたのだった。


翌日、三人は以前と同じ酒家にいた。
しかし、まるで通夜のように静まり返っていた。

「私は旅に出ようと思う」
最初に切り出したのは兼続
「あんな笑いのセンスのない人間についていくのは嫌だ。日本全土を旅して、心身ともに磨くことにする」
次に続いたのは三成
「俺も旅に出る」
どれくらい飲んだだろうか、頬を真っ赤に染めていた。
「人前であんな恰好になったうえ、ウケなかったなんて。俺は出家して、田舎の寺に篭ろうと思う」
「いや、三成は謙信公以外にはウケていたよ!」
「いや、兼続の漫才もよかったよ!」
二人はお互い慰めあった。
自分で自分を慰めるように。
「その前に、幸村の願いはなんだ?我々にできることならなんでもするよ」
謙信を笑わせた者のいうことはなんでも聞く。そういう約束だった。
しかし幸村は
「いや、いいよ。あれはお館様に授けてもらった物だし…」
「あ、そうなんだ…」
そしてまた静かに酒を飲みだす。

あの後、幸村は信玄にブーブークッションを返すついでに話しを聞いてきた。
「やっぱりね。謙信、下ネタ大好きだもん。笑わないはずないと思ったよー」
あっけらかんとこう言われた幸村はずっと考えていた。

「なぁ、三人でお笑いやらないか?」
「……え?」
「兼続のネタを考える才能、三成の思い切った脱ぎっぷり、私の情熱。これが合わされば天下無双だ!」
「…そうだな。ネタ考えているとき気持ちがウキウキしたよ」
「笑いのわからないやつを笑わせる努力をするよりもっと沢山の人を笑わせたいな!!」
 三人の心は決まった。
そして同じ志しを持った三人は青空の下を大きく羽ばたいていったのだった。


終わり


三成は蹴鞠だってできるんだから小島よ●おだってできるぞ。という話
しばらくたってこれを読んだとき、小島よ●おが消えていないことを祈ります