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3 自由論
私の名前は張文遠。
魏の五虎将に数えられている、とんでもない強さを誇る武将だ。
そんな、トンでもない強さを誇る武将だが、実は人の髪を整えるのが得意で、丞相をはじめ、文官や武官からも
「文遠殿、私の髪を整えてはくれまいか?」
と頼まれるくらいの腕の持ち主だ。
トンでもない強さを誇る腕の持ち主の上、手先の器用さまで持ち合わせるとは、私はなんて万能な人間なんだ…
まぁ、それはおいておこう。
実は私は最近とても気になっていることがある。
それは
今や、ほとんどの人間が私に髪を整えるのを頼むようになったのだが、一人だけそっぽを向いている人間がいる。
それが何をかくそう、あの徐晃将軍だ。
そうあのいつも頭巾をすっぽりとかぶっているあの…
私はひとつの仮説を立ててみた。
こう言っては何だが、私は人より想像力が長けている。
しかしそんな私でも『徐晃殿は頭髪が薄い』という説しか立てることができなかった。
悔しいがそうなのであろう。
いや、悔しくはないか。
しかし、徐晃殿だって我が軍の主力。
武だ武だと言っておられるが、実力は本物であることは皆の知っていることだ。
私には負けるだろうが。
そんな人間がたかが頭髪の薄くなってきたことぐらいでそんなに恥ずかしがるだろうか。
自分なら堂々と…
いや実を言うと、被り物は蒸れるということを私はよく知っている。
だから私のこの冠的な被り物は通気性のよいように、頭頂部には穴が開いているのだ。
徐晃殿の常にかぶっているあの頭巾的なものはとてもじゃないが通気性は期待できないように見えるが…
真偽を確かめたい。
その日から私の頭の中は、徐晃殿の頭髪のことでいっぱいになっていたのだった。
頭の中は、徐晃殿の頭部のことでいっぱいの私は、一度戦で大きなへまをしてしまった。
左腕に大きな傷を負ってしまった私は、しばらくの間、皆の頭髪を整えることができなくなっていた。
日々室で執務をこなす。
腕もなまりそうだが今はそんなことよりも徐晃殿のことが気になっていた。
本当はもっと早くこうするべきだった。
「徐晃殿…少しお話があるのだが」
「おぉ、張遼殿。お怪我の方はもうよろしいのか」
「うむ。大分良いのだが…まだ少し痛むな。さて、私の室に来てはもらえぬだろうか?」
徐晃殿は大きくうなずき、先を歩く私について来た。
「さあ、どうぞ」
私は徐晃殿を先に自分の室に入れ、後ろ手で内側から鍵をかけた。
『ガチャリ』
と、静かな部屋に鍵の音が響いてビックリしたのか、徐晃殿の肩が上下に軽く動いた。
「用件は何ですかな」
向かい合った私たちは、手伝いのものが入れた茶を飲みながら、まずはと、どうでも良いような世間話をしていたが、
徐晃殿の方から切り出してきたので、私は少しほっとして話し始めた。
「徐晃殿。私のところに皆が髪を整えてくれと来るのは知っているだろう?貴公はなぜに私を頼ってくれぬ。」
「は?」
「私はあなたの髪を整えたいのだ。今や魏軍の中で私を頼ってこないのは貴公だけなのだ…どうだろう…」
「…いや…」
「その頭巾の…中身を!!!!!」
『ガタンッ』
と茶の載っていた机と、椅子の倒れる大きな音が響いたが、そんなことは気にも止めず私は徐晃殿の頭巾に飛び掛
っていた。
「むむっ」
なぜ私はあんなに興奮していたのかわからないが、徐晃殿(の頭巾)に襲い掛かり、その手を徐晃殿は必至の形相
で押しとどめていた。
「やはりそうなのですな!!徐晃どの!!あなたは禿…否!!頭髪が微妙に薄くなっているのですな!!??」
「何なのだあなたは!!止めてくだされ!手を離してくだされ!!」
「見せてくだされ!あなたがそんなに頑なに守っているその…あの…その頭髪を!!」
「…そんなものを見てどうする!!それに拙者、特に禿ているわけでもござらん!!」
「え…?」
私は徐晃殿の台詞に耳を疑った。
「今、特に禿げていないと申したか?」
「言いましたが?」
「…本当か?」
「そんなことで嘘をついてどうします」
私が考え込み、押し黙ってしまったためか、徐晃殿は少し困った顔をした。
その沈黙を切るように自室の扉が大きな音をたて、開いた。
「おお、徐晃!此処におったか!探したぞ」
入ってきたのは、魏の丞相曹操だった。
曹操は辺りを見回し、私が飲んでいた茶を手に取った。
それを飲み干し、続ける。
「惇がなかなか放してくれなくてな!遅くなったが、そろそろ始めるか!」
「は…はっ!」
曹操は徐晃殿にそういうと、私の方を振り返り 「やあ、張僚。」
そして、こう続けた。
「惇の髪を切ったのは貴様か?」
…貴様?しかも敵意丸出しの目だった。
「確かに夏侯惇殿の髪を切ったのは私ですが?…何か?」
相手が敵意を表すならば、こちらもそれに習うのが戦士の常。
私も攻撃力をフルパワーにして返答した。
曹操は少したじろいだ様子で一歩後ろに足を引いたが、
「…ふん。しょうもない髪型にしおって。」
私はその言葉に激しく反応した。
「しょうもない?夏侯惇殿は、いたく気に入っておられた御様子でしたが?」
夏侯惇殿の髪はえらく痛んでいた。
キューティクルがはがれおち、自慢の長髪の毛先には枝毛が無数に出来ていた。
その時のことを思い出す。
「これはいけませんね。雰囲気を残しつつ、痛んでいるところを切ってしまいましょう」
「ああ、お前に任せるわ」
そう言われ、出来た髪型があれだった。(三国無双5参照)
「ふむ。いいんじゃないか?」
当然だった。
今流行りのボブベースで重さを残しつつ、下品にならない程度に毛先にはシャギーを入れ、ワックスなどで遊べるよ
うにしておいた。
完璧だった。
それをしょーもないと、魏の丞相は言い放ったのだ。
「どこを見てそう宣っているかしりませんが、随分な言い草ですな。
まぁ、殿にはセンスなどかけらもなさそうですから、仕方がないといえば仕方がない…」
「なにぃ!?丞相様に向かって随分なぁ物言いではないか!!」
「自分で自分のことを丞相様とか言ってんの?うける」
「なにぃ!?」
口で私に勝てる者はいないと思っている。あの司馬懿にもひけをとらない。そして武をもだ。
「ふん。若い。若いのう…」
曹操は軽く馬鹿にされたのを受け流し、続けた。
「張僚…お前、皆に髪を切ってくれだ整えてくれだちやほやされて、大事な事を忘れておりはせんか?」
「………」
「お前が忘れているのは心だ」
「は?否、ちょっと待ってくだされ、惇殿をああいう髪型にしたのは、枝毛や切れ毛を考えてのこと。惇殿の事を考えて
……」
「お前は本質から違っておる。
我々は戦を常としておるのにもかかわらず、あの少し走ったら汗で顔に髪がへばりつきそうな髪型はなんだ?」
「………!」
「邪魔だと思っても後ろで結ぶことも出来ぬ中途半端な長さ。馬に引っ張られそうな長さ。どう思う?」
「……わ、私は」
愕然とした。流行ばかり考えて、本当に必要な事を忘れていたと思った。
私達はもののふなのだ。
「……私は……」
大切なことを忘れていました。
…そう言おうとしたのを遮ったのは徐晃殿だった。
「殿、私も言わせてもらってよろしいか」
「ふむ。何だ、徐晃」
「殿のおっしゃることは痛いほどよくわかります。筋が通っているとも思います。しかし…」
口数の少ない徐晃殿がいつもより姿勢を正し、魏の丞相に何かを必至に言おうとしていた。
その気持ちは、痛いほどに伝わってきた。
何故なら徐晃殿の顔色が普段より少し赤らんでいたからだ。
「しかし、なんだ徐晃」
「しかし………この髪型はもう耐えられませぬ」
徐晃殿が頭部を覆っていた白い布を取り去って下から出てきたのは
「ぶふぉぉぉぉうえわははっはっはいおkjごいるgrlfjgrp!!!!!!!!!!!」(張)
徐晃殿のヘアースタイルは細い熱の通ったこてで細かく巻かれるというあの有名なパンチパーマを当てられていた。
しかも、パンチパーマの中でも一番技術を要するという細かい細かい「二グロパーマ」というやつだったのだ。
しかもしかも、それが伸びきって、正に大仏だった。
「じょよよよy徐晃殿…どどどdどうしちゃったんですか?」
「黙っていてくだされ!今拙者は殿と話しておるのだ!!!」
声色は物々しいが、頭がパンチで笑ってはいけないと思っていても、どうしても声を出して笑ってしまう。
「うふふふふふふふおほほほ」
耐えても耐えても口からは変な声が出てしまう。
そう、それほどに似合っていなかったのだ。
「おう!似合うな徐晃」
「張遼殿の笑い声を聞いてもそう申しますか…」
「やはり、巻き時だったな。さあ、私の部屋で…」
「いやです!!拙者はもうこのパンチパーマとかいう髪型はごめんです!今日からは張遼殿にお洒落な髪型に…」
「漢ですな。徐晃どの。それこそもののふです。戦士たるもの、そうでなければならぬ」
「…え?」
此処で徐晃殿からパンチパーマを奪ってはいけないと思った。
ただでさえ影が薄く、三国無双5では無双モードも与えられず、ますます消えていきそうな運命にある彼。
しかも、これは使えるかもしれない、とも。
戦で劣勢に立たされたとき、徐晃殿が頭部を覆っている布をふわりと取る。
敵、大爆笑。
見慣れている私、大活躍!!
「殿がこんな最先端の技術をお持ちだとは…私は自分の腕を過信しすぎていたようです。」
「…うむ…」
「どうか私にそのヴィダルサッス−ンにも負けじとも劣らぬ技術、盗ませてはもらえぬか」
「…ふふふ、よいぞよいぞ」
「ちょ…ちょっと待ってくだされ〜」
そう言う徐晃殿の両脇を二人で抱え、殿の部屋に急ぐ。
歩きながら考える。
殿はきっと面白いから徐晃殿をパンチパーマにしたのであろう。
さっき夏侯惇殿が離してくれなくてとか言っていたが、もしかしたら惇殿も、徐晃殿と同じ運命をたどっているのかも、
と。
私は当てる側になって、この運命を逃れよう。
どうせこの人には完全に逆らうことなどできないのだから…
そんな頭の働く私に乾杯。
終わり
こんなことばっかり考えてる私に乾杯
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